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褥瘡に関する診療報酬制度改革が褥瘡有病率、医療費に及ぼす影響

背景

急速に高齢化が進行する日本では、褥瘡対策はこれまでにも増して重要な位置付けとなってきています。そのような中、日本の病院における褥瘡対策は、関連する診療報酬制度の改訂により大きく変化してきました。ここではどのような制度があり、そして当研究室がどのように関わり日本の褥瘡医療の発展に関与してきたかを紹介します。

2002年は褥瘡医療に携わる専門家にとって大きな転換となる年でした。この年、他のいくつかの項目とともに、褥瘡対策が「未実施減算」政策の一つに選ばれました。通常、日本の医療は出来高払いといって、行った医療に対してその報酬が得られる仕組みや、特定機能病院などの急性期病院に適応されているDPC(診断群分類包括評価)制度といって、何の病気に罹っているかによって医療費が決まる定額支払いという仕組みが取られています。つまり、提供した医療に対してその対価、すなわち診療報酬を病院が獲得する仕組みです。一方未実施減算は、指定された事項を満たさなければ病院から罰則金を徴収するという、いわばペナルティシステムです。褥瘡の他に、院内感染防止対策、医療安全管理体制など病院が当然備えておくべき事項として設けられました。まずは褥瘡対策未実施減算について説明します。

褥瘡対策未実施減算とは(※なお、この制度は現在廃止され、入院基本料の要件に加えられました。)

 この政策は読んで字のごとく、褥瘡対策を行っていなければ診療報酬を減算しますということです。具体的な褥瘡対策は次の3つです。

  1. 専任の医師、看護師からなる対策チームの設置
  2. 全入院患者について、入院時、および必要に応じて、日常生活の自立度を判定した上、褥瘡の発生の危険を有する状態にある入院患者について、褥瘡対策に関する診療計画を作成
  3. 褥瘡対策に必要な体圧分散式マットレス等を適切に選択し、使用する体制の整備

これらが行われていなければ、患者1人あたり1日5点(=50円)減算するということです。つまり、病院は褥瘡を予防する体制を整えていることが当然である、という考え方を強く喚起するものといえます。中でも着目すべきなのが、3番目の条件である体圧分散式マットレス等を適切に選択・使用できる体制の整備です。2002年当時、多くの病院は体圧分散マットレスを十分配備していませんでした。そのような状況でこの褥瘡対策未実施減算が通達されたため、どのように体制を整備すればよいかが大きな議論となりました。中でも重要なのは、体圧分散マットレス等は病院が具備すべきものであり、その費用(レンタル費用や購入費用)を患者から徴収してはいけない、という疑義解釈が出されたことです。それまで備えていなかったものを揃えなければ、罰金が徴収されるというものですから、これは非常に大きな決定といえます。しかしそのような政策が支持される論拠の一つとなっているのが次の論文です。

藤川由美子, 寺師浩人, 真田弘美. 褥瘡発生率と治療コストからみたICUでの低圧保持用上敷きマットレスの使用評価, 日本褥瘡学会誌, 3(1): 44-49, 2001.

従来、エアマットレスが褥瘡予防に効果があることは広く知られてきました。しかし、エアマットレスを使用するには費用が掛かります。そこでこの研究では、エアマットレスを使って褥瘡を予防することができれば、褥瘡の治療にかかる費用を削減することができるのではないか、という仮説を検証しました。

第三次救急医療を担っている大学病院(604床)の集中治療室(ICU、6床)に入室した患者105例を対象に、実験群-低圧保持用上敷きマットレス(エアマットレス)、対照群-従来使用の体圧分散用具として各マットレスを6床にランダム割り付けして行った、一重盲検ランダム化比較試験(RCT)です。効果として褥瘡発生率の比較と褥瘡予防・ケアに関わる全ての費用を比較する費用最小化分析を実施しました。費用には治療コスト、ICU在室日数中の体圧分散用具のレンタル料、褥瘡発生時の処置時間と処置人数から人件費、処置料、使用材料が含まれています。 結果は実験群で褥瘡発生者が3名(6%)、対照群で14名(28%)となり、エアマットレスが有意に褥瘡を予防していました(P<.05)。

かかったコストを比べてみたのがこの表です。

褥瘡対策未実施減算の効果

Sanada H, Miyachi Y, Ohura T, Moriguchi T, Tokunaga K, Shido K, Nakagami G. The Japanese pressure ulcer surveillance study: A retrospective cohort study to determine the prevalence of pressure ulcers in Japanese hospitals. WOUNDS. 2008; 20(6): 176-182.

それではこの革新的ともいえる未実施減算は日本の褥瘡を減らしたのでしょうか。政策を実行したからには、その効果を評価しなくてはなりません。この政策の最も大きな目的は褥瘡を減らすことですので、日本の褥瘡有病率(入院患者のうち何%が褥瘡を保有しているか)の推移をみる事で評価が可能となります。本来であれば政策を適応した病院としない病院を比較すべきですが、日本全国のほとんどの病院に適応されているため、比較はできません。そこで、日本褥瘡学会では褥瘡有病率の全国調査を行いました。

 2002年9月以前は患者1,000人当たり42.6人褥瘡を有していましたが、2002年10月の褥瘡対策未実施減算以降低下し、2003年10月頃には36.4人まで有意に減少しました。また、この制度の結果、病院の体圧分散寝具の数は大幅に増えました。

特に注目するべきなのは、褥瘡予防効果の高い圧切り替えエアマットレスの導入が進んでいる点です。そこで、未実施減算以前と以後で、寝たきり患者1人あたりの圧切り替えエアマットレスの数を増やしたかどうかを病院ごとに調べ、褥瘡有病率への影響を多変量ロジスティック回帰分析にて検討しました。従属変数に褥瘡有病率が減少したかどうか、独立変数に病院システム・構造を設定して分析を行いました。

その結果、エアマットレスの台数を増加していることが褥瘡有病率の減少に有意に寄与していることが明らかになりました。医療の質は、構造・プロセス・アウトカムで表現されることがあります。つまり、病院が何を備えているのか(人材・物材):構造、それを用いてどのように医療を提供したのか:プロセス、そしてその結果どのような効果が得られたのか:アウトカム、というように3つに区分すると医療の仕組みが見えやすくなります。この考え方を用いると、日本の褥瘡医療に大きなインパクトを与えた褥瘡対策未実施減算は、病院の大きな努力を受け、病院の「構造」を変化させ、「アウトカム」である褥瘡有病率を減らすことに寄与しました。この結果の重要なところは、調査対象の多くを占める病院では褥瘡は出来高払いであるという点です。つまり、悪い言い方をすれば褥瘡ができても、それに対して治療をすれば報酬が入るため、予防に対するインセンティブは働かないといえます。褥瘡対策の未実施減算の要件を守っていれば減算にはならないので、積極的に高価なエアマットレスを導入する必要はないともいえます。しかし現実は違いました。つまり、日本の医療者は「褥瘡は予防することができる」、というエビデンスに基づき、その良心に従い褥瘡予防に力を入れたのでした。これは、医療が単なる金銭的インセンティブだけに支配されずに行動変容するという面白い事例ともいえます。もちろん褥瘡が減れば看護師の負担が軽減され、職場定着率や仕事満足度が増すなどの、総合的な経営判断もなされているでしょうが、それ以外の要因を明らかにすることは今後の医療政策の方向性を考えるための示唆となるでしょう。

 その後、この政策は一定の効果を上げ、ほぼすべての病院が予防対策を遵守するようになったことから、病院の収入の根幹をなす入院基本料の要件に組み込まれ、現在に至ります(2013年8月現在)。


褥瘡ハイリスク患者ケア加算の新設

さて、日本の褥瘡医療はこの褥瘡対策未実施減算を経て大きく変わりました。このような大胆な政策が実現し、かつ効果を生み出したその原動力は病院個々の自助的努力だけではありませんでした。日本褥瘡学会をはじめとする多くの学術団体やアカデミアが褥瘡対策における臨床エビデンスを常に発信し続けていたからこそなし得た成果といえるでしょう。その中でも特に重要といえるのが、皮膚・排泄ケア認定看護師の活躍です。認定看護師とは、看護師の中でも「特定の看護分野において熟練した看護技術と知識を用いて水準の高い看護実践のできる看護師(日本看護協会)」を指します。その中の皮膚・排泄ケア認定看護師は、創傷ケアやストーマケア、失禁ケアについて広範な知識、技術を有しており、また昨今その重要性が取りざたされているチーム医療を推進するための高いコーディネート力を有している看護師です(以前は創傷・オストミー・失禁看護認定看護師と呼称されていましたが、医療機関の広告規制が変更された際に、国民により分かりやすい名前として、この名称に変わりました。)。褥瘡管理において、この皮膚・排泄ケア認定看護師は、褥瘡対策未実施減算において「対策チーム」のまとめ役として活躍しており、その役割が注目されていました。日本看護協会の報告においても、皮膚・排泄ケア認定看護師が褥瘡ケアにかかわった場合に褥瘡の治癒が速くなることが報告されていました。その報告などを受け、2006年に、これも医療界にとっては非常に大きな診療報酬制度の転換がありました。それが「褥瘡ハイリスク患者ケア加算」です。何が大きな転換であるかを説明するために、少し長いですが、次の要件を示します。

褥瘡ハイリスク患者ケア加算(1回の入院につき500点)

  1. 褥瘡ハイリスク患者ケア加算は、別に厚生労働大臣が定める施設基準に適合しているも のとして届け出た保険医療機関に入院している患者であって、当該加算の要件を満たすものについて算定する。
  2. 褥瘡ハイリスク患者ケア加算は、褥瘡ケアを実施するための適切な知識・技術を有する専従の褥瘡管理者が、褥瘡予防・管理が難しく重点的な褥瘡ケアが必要な患者に対し、適切な褥瘡予防・治療のための予防治療計画に基づく総合的な褥瘡対策を継続して実施した場合、当該入院期間中1回に限り算定する。なお、当該加算は、第2部通則5に規定する入院期間が通算される再入院であっても別に算定できる。
  3. 褥瘡予防・管理が難しく重点的な褥瘡ケアが必要な患者とは、ベッド上安静であって、次に掲げるものをいう。
    • ショック状態のもの
    • 重度の末梢循環不全のもの
    • 麻薬等の鎮痛・鎮静剤の持続的な使用が必要であるもの
    • 6時間以上の全身麻酔下による手術を受けたもの
    • 特殊体位による手術を受けたもの
    • 強度の下痢が続く状態であるもの
    • 極度の皮膚の脆弱(低出生体重児、GVHD、黄疸等)であるもの
    • 褥瘡に関する危険因子(病的骨突出、皮膚湿潤、浮腫等)があって既に褥瘡を有するもの

ここで重要なのが、「褥瘡ケアを実施するための適切な知識・技術を有する専従の褥瘡管理者」という箇所です。「専従」というのは聞きなれない用語ですが、「専任」と異なり、専らその業務に従事することをいい、他の業務とは兼務することは認められない、という勤務をいいます。恒常的、計画的ではない業務については行ってもよいとされており、厳密な定義はありませんが、おおむね80%以上を褥瘡管理に当てる、ということになります。この専従の褥瘡管理者になることができるのが、現在は皮膚・排泄ケア認定看護師のみとなっています。このことは、日本の診療報酬体系の中で、特定の看護職を専従で配置することが要件として認められたことを意味し、看護師が独自に行う技術に診療報酬がついた初のケースといえます。

具体的には、皮膚・排泄ケア認定看護師が褥瘡管理者として病棟横断的に褥瘡を有する患者のケア計画を立案・評価し、褥瘡を管理する画期的な制度です。認定看護師は実践・指導・相談という3つの役割を果たすことで、病院の褥瘡管理の質を向上させるために活動しています。この制度は名前の通り、褥瘡が発生するリスクの高い患者への重点的な予防対策を講じることを目的としています。それはつまり、褥瘡を予防するとともに、できた褥瘡を早く治すことの重要性も示唆しています。褥瘡有病率を低減させるには、褥瘡を発生させず、またできてしまった褥瘡や褥瘡を有したまま入院してきた患者の褥瘡を早く治癒に導くことが重要なのです。そこで、この制度の効果を評価するために観察研究を行いました。


褥瘡ハイリスク患者ケア加算の評価研究

Sanada H, Nakagami G, Mizokami Y, Minami Y, Yamamoto A, Oe M, Kaitani T, Iizaka S. Evaluating the effect of the new incentive system for high-risk pressure ulcer patients on wound healing and cost-effectiveness: A cohort study. Int J Nurs Stud. 2009;47(3):279-86.

この研究では、褥瘡ハイリスク患者ケア加算導入が褥瘡治癒に与える影響及びそれにかかるコストを検討することで、この制度を評価しました。研究デザインは前向きコホート研究で、加算を導入している施設(=専従の皮膚・排泄ケア認定看護師がいる)を加算導入群、加算を導入していない施設を対照群として、褥瘡ケアを受けているIII度以上(NPUAP分類)の褥瘡を有する患者を追跡しました。なお、皮膚・排泄ケア認定看護師の個人の能力差が生じないように、認定看護師認定後4年未満の者が配置されている施設に限定しました。

アウトカムとして褥瘡治癒状況(褥瘡の重症度評価スケールであるDESIGN得点の変化。高い方が重症)とコスト(物材費、人件費)を、説明変数として、加算導入の有無、施設概要(病院種類、病床数、在院日数、入院患者数)、患者特性(年齢、性別、ブレーデンスケール、疾患、褥瘡部の特徴(ベースラインのDESIGN、部位)など)を調べました。追跡期間は3週間とし、1週ごとにデータを収集しました。

 次に結果を示します。この加算を導入した群と導入していない群には、施設概要や患者特性に有意な差はありませんでした。これは、加算を導入しているかどうか以外には大きな差がない集団であったということを示しています。

この図は縦軸に褥瘡重症度を示すDESIGN得点を、横軸に時間をとり、加算導入群(Introduced)と対照群(Control)それぞれのDESIGN得点の変化を示しています。ベースラインを共変量とした反復測定分散分析を行い、Dunnettの多重比較の結果、1週目、2週目、3週目のいずれにおいても加算導入群が加算非導入群よりもDESIGNが有意に低い結果となりました。また、DESIGN得点の減少に加算導入が影響しているかどうかを重回帰分析により検討したのが次の表です。

 これにより、加算導入がDESIGN得点減少に独立に影響していることが明らかになりました。さらに、加算導入によってコストがどのように変化したのかを調べました。これには、皮膚・排泄ケア認定看護師を専従で雇うためのコストや褥瘡治療にかかったコストなどをタイムスタディと薬剤・治療材料使用料調査で調べました。

 興味深いことに、物材費・人件費・総費用すべてにおいて群間に差はありませんでした。DESIGN得点の減少幅は加算導入の方が大きいため、1点当たりに換算すると加算導入の費用対効果が非常に優れていることが分かりました。

単純に加算導入群と非導入群の2群を比較するには、平均費用/効果比の比較でよいのですが、医療政策としての導入価値を判断する場合はこれだけの比較では十分ではありません。つまり、費用をそれだけ追加すればどの程度の追加的な効果が得られるかという判断が必要であります。この考えを指標化したものを増分費用効果比(incremental cost- effectiveness ratio: ICER)といいます。計算式はICER=費用の差/効果の差となります。

今回のケースでは、高い効果を低いコストで達成できたので、増分費用効果比はDominant(優位)となりました。結果は優れているけれども費用が掛かる、というのが世の常なのですが、褥瘡ハイリスク患者ケア加算においては、非常に優れた結果を残せました。現在この加算を導入する施設は右肩上がりで増えており、皮膚・排泄ケア認定看護師の活躍の場がますます広がっています。

まとめ

この項では、褥瘡を取り巻く医療環境、特に診療報酬に焦点を当てて説明しました。現在、国の政策の多くはコストの評価を含めた研究成果に基づいてたてられているものが多く、政策実施後もその評価を繰り返すことでより良い政策へとつなげようと努力しています。当研究室が関わっている研究の多くも国の政策の方向付けに多く関与しており、看護学研究の重要性を日々感じているところです。褥瘡医療はダイナミックに変化しています。今後人類が経験したことのない水準の高齢化が進行し、褥瘡を取り巻く環境はさらに急速に変化するでしょう。その変化を予見し、少しでも褥瘡を有する方が少なくなるような方策を提言することが当教室の使命です。また、日本は高齢者医療における課題先進国として世界中から着目されています。このような政策にかかわる研究は日本国内にとどまらず、世界へと発信され、各国の医療行政の参考になる可能性も含んでいます。当教室から発信される研究成果で世界中の褥瘡が少しでも少なくなることを祈りながら、日々の研究に取り組んでいます。


なお、本項で紹介した研究の多くは、日本褥瘡学会や日本創傷・オストミー・失禁管理学会(および旧日本ET/WOC協会)、日本看護協会等が主体となって行ったものです。詳しい研究内容については下記の論文をご参照いただければと思います。ここに改めて感謝の意を表します。

論文

  • 藤川由美子, 寺師浩人, 真田弘美. 褥瘡発生率と治療コストからみたICUでの低圧保持用上敷きマットレスの使用評価. 日本褥瘡学会誌. 2001;3(1):44-9.
  • Sanada H, Miyachi Y, Ohura T, Moriguchi T, Tokunaga K, Shido K, Nakagami G. The Japanese pressure ulcer surveillance study: A retrospective cohort study to determine the prevalence of pressure ulcers in Japanese hospitals. WOUNDS. 2008; 20(6): 176-182.
  • Sanada H, Nakagami G, Mizokami Y, Minami Y, Yamamoto A, Oe M, Kaitani T, Iizaka S. Evaluating the effect of the new incentive system for high-risk pressure ulcer patients on wound healing and cost-effectiveness: A cohort study. Int J Nurs Stud. 2009;47(3):279-86.