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褥瘡予防用皮膚保護材の開発

背景

褥瘡は寝具などが身体に接する際に生じる外力(圧力・剪断力など)によって血管が閉塞することによって生じる虚血性の組織壊死です。したがって、予防するためには外力を取り除くまたは可能な限り低減することが重要です。圧力に関しては、動物実験やヒトを対象とした実験や臨床研究により、褥瘡発生における重要性が理解され、その低減方法に関してもさまざまな研究が行われてきています。特に、エアーマットレスに代表される体圧分散寝具によって、大幅に減少させることが可能となりました。一方、圧力(垂直方向にかかる力)と同時に発生する剪断力(重力と摩擦によって生じる、水平方向の力)に関しては、組織にどの程度加わっているのか(応力分布)を含め、十分に明らかになっているわけではありません。しかしながら、剪断力が存在すると、組織内部にずれが生じ、血管を閉塞させるのに必要な圧力が減少するという実験データが出ており、また、臨床的に、ギャッチアップや不適切な体位、創部に負荷のかかるリハビリテーションなどによってずれが生じる場合、褥瘡が発生し、また、褥瘡の治癒が遅滞することが経験されております。これらのことから、まだ全容は十分に解明されていないにしろ、剪断力によって生じるずれが褥瘡発生に重要であることは間違いないでしょう。そこで私たちは剪断力を効果的に低減させる看護ケア技術の開発に取り組みました。

ずれとは

ずれとは水平方向にかかる力である剪断力によって生じる水平方向の組織の歪みと考えられています。なぜ水平方向に力がかかるかを、ヘッドアップを例にとって説明します。ヘッドアップした際、皮膚には摩擦抵抗がありますので、重力によって体重が皮膚と寝具との接触部位にかかることによって、寝具との間に摩擦力が生じます。体重は背もたれの角度に依存して下方向にかかります。すると体は下に落ちようとしますが、皮膚と寝具との間には摩擦力が働いており、皮膚はそこにとどまろうとします。皮膚近傍に注目して考えてみると、皮下組織や筋肉、骨などは下方向に向かって移動するために、下方向に力が加わっていますが、皮膚表面には摩擦力が上方向に加わっているため、同じ組織に二つの力が逆方向に生じます。これが剪断力です。このような力が加わった場合、真皮や毛細血管網などが引き伸ばされ、薄く変形してしまうことで、血管径が縮小し、容易に虚血が生じやすくなるために、褥瘡発生の要因となると考えられています。

したがって、剪断力は摩擦係数の高い接触面に、力が斜めに加わった場合に発生しやすいといえます。褥瘡発生で最も問題となるのは、仙骨、大転子、踵などの骨突出部位です。この部位は斜め方向に力がかかりやすく、かつ皮膚表面の摩擦係数が高い場合が多いので、剪断力が発生しやすく、ずれが生じやすくなっています。剪断力は重力と摩擦係数によって生じると述べました。したがって、ずれを回避するためには、重力によって圧力を、体圧分散寝具を用いて十分に行っていることが前提となります。体圧分散ケアに配慮した上で、ずれを予防する技術を適応することが重要です。

アプローチ:摩擦係数の低減

褥瘡の発生リスクの高い人は、皮膚が乾燥していたり、逆に失禁や発汗等により湿潤していることがあります。このような方々の皮膚の摩擦係数は高くなることが知られています。特に角質細胞間脂質の一つであるセラミドは加齢とともに減少することが報告されており、高齢者の皮膚の乾燥で重要影響を与えています。

摩擦係数を低減させる方法として、皮膚に摩擦係数の低いドレッシング材を貼付し寝具との間の滑りをよくする方法と、皮膚にオイルを塗布して滑らす方法がよく用いられます。従来、海外のガイドラインでは、フィルムドレッシングやハイドロコロイドを用いた褥瘡予防が推奨されていたこともありますが、市販のこれらのドレッシング材は皮膚よりも摩擦係数が高いことがほとんどで、貼付することによって逆にずれが生じやすくなったり、また、粘着力が強いため、交換する際に剥離によって表皮が破れるという問題点がありました。

そこで、私たちは高滑り性のドレッシング材(リモイス®パッド、アルケア株式会社)を産学連携で開発し、その評価を行いました。このドレッシング材は図に示すように、表面をすべり性の良い素材にして、剪断力の発生を抑えるようにしました。皮膚のバリア機能低下は褥瘡のリスクファクターになりますので、セラミドを配合させることで、皮膚の保水力を高めるようにしました。また、貼付した際に皮膚の観察が容易になるように、可能な限り薄くしてあります。安全性検証は標準的な手続きで第三者機関にて行いました。

利用する技術

  • 体圧・剪断力同時測定器
    簡易式体圧・ずれ力同時測定器プレディア(モルテン株式会社)
    【測定原理】

    体圧はエアバッグ方式を用いており、エアバッグ内からリークする空気の量をデジタル変換することで圧力を測定している。
    剪断力は対辺2アクティブゲージ法を用いており、ひずみゲージを引張力きわい材の表裏に張り曲げひずみを消去している。

  • 角質水分量測定器
    CORNEOMETER CM 825(Courage + Khazaka electronic GmbH)
    測定面積49mm2、測定誤差±3%
    【測定深度】

    30~40μmの角質層

    【測定方法】

    皮膚にプローブを押しあてると、約1秒後にディスプレイに水分値が表示される。

  • 皮膚pH測定器
    Skin-pH-Meter PH905(Courage + Khazaka electronic GmbH)
    測定面積49mm2、測定範囲pH0-12
    【測定原理】

    ガラス電極法。ガラス電極と比較電極の2本の電極を用い、この2つの電極の間に生じた電圧(電位差)を知ることで、pHを測定する方法である。ガラス薄膜の内・外側にpHの異なる溶液があると、薄膜部分にpHの差に比例した起電力が生じる。この薄膜を電極膜という。普通、溶液が30℃の場合、2つの溶液のpHの差が1違えば、約60mVの起電力が生じる。ガラス電極の内部液にはpH7の液が用いられ、電極膜に生じた起電力を測定すれば、被検液、つまり求めたいpH値がわかる。

    【測定方法】

    ガラス電極の先端部を測定部位に当てた後、本体のONキーを押すことで、皮膚pH値がディスプレイ上にデジタル表示される。

製品評価

まず、実際に剪断力が低減されるかどうかを高齢者の踵部に貼付した状態で、下に敷いたシーツを水平に引っ張った際に生じる剪断力を測定して検証しました。対象者は30名で、平均年齢86.4歳でした。体圧はリモイスパッド: 70.7±16.5 mmHg、フィルム: 70.2±15.2 mmHgで、群間に有意差はありませんでした(p=0.4198)。そこで、シーツを等速で引っ張った際に生じた剪断力を比較すると、フィルムドレッシングに比較して、有意に剪断力の発生を抑えることが出来ました。

また、皮膚へセラミドが移行するかどうかを健常人で調べるために、ドレッシング材中のセラミド濃度を振って、角質層中のセラミド量を質量分析計で調べました。その結果、ドレッシング材中のセラミド濃度が高ければ高いほど、皮膚中のセラミド量は増えていました。つまり、ドレッシング材中のセラミドが皮膚に移行していることを示すデータといえます。

そこで、臨床的エビデンスを構築するため、ドレッシング材を37名の高齢者の大転子部の片側に貼付し、反対側には何も貼らずに、4週間追跡しました。

皮膚の乾燥を回復できているかどうかを確認するために、皮膚の水分量及びpHを継時的に測定しました。興味深いことに、ドレッシング材を貼付中のみならず、剥離後1週間たっても皮膚の水分量は高値を保っていることが分かり、皮膚バリア機能が回復していることが示唆されました。

褥瘡の前段階といわれている持続する発赤の発生率が、貼付部位では2名(5.4%)、非貼付部位では11名(29.7%)となり、貼付部位で有意に発生を予防できていました(相対危険度=0.18、95%信頼区間0.05-0.73、P=0.007)。これらから、剪断力を予防することが褥瘡予防につながることが示唆されました。高滑り性のドレッシング材を骨突出部位に使用することは褥瘡予防に有用と考えられます。

このように、褥瘡予防用に開発したドレッシング材は皮膚のバリア機能を高め、褥瘡の前段階である持続する発赤の発生率を優位に低下させることが臨床試験で明らかになりました。この結果は日本褥瘡学会やアメリカのWound, Ostomy, and Continence Nurses Societyの発行するガイドラインにも収載され、広く臨床で利用される技術となりつつあります。


〈ガイドライン掲載文章〉

褥瘡予防・管理ガイドライン(第3版)
【CQ 8.2】高齢者の骨突出部位の褥瘡発生予防に、どのようなスキンケアを行うとよいか
【推奨文】ポリウレタンフィルムドレッシング材、すべり機能つきドレッシング材の貼付を勧める。
【推奨度】B
WOCN clinical practice guideline series
Guideline for prevention and management of pressure ulcers. 2010, p14.
Interventions: Prevention. Apply dry lubricants, transparent films or hydrocolloids to bony prominences to reduce mechanical injury from friction.

論文

  1. 仲上豪二朗, 紺家千津子, 北川敦子, 田高悦子, 真田弘美, 須釜淳子, 田端恵子. 新しい褥瘡予防用皮膚保護材の皮膚バリア機能回復効果とずれ力軽減効果に関する研究. 日本褥瘡学会誌. 2005;7(1):107-14.
  2. Nakagami G, Sanada H, Konya C, Kitagawa A, Tadaka E, Tabata K. Comparison of two pressure ulcer preventive dressings for reducing shear force on the heel. J Wound Ostomy Continence Nurs. 2006;33(3):267-72.
  3. Nakagami G, Sanada H, Konya C, Kitagawa A, Tadaka E, Matsuyama Y. Evaluation of a new pressure ulcer preventive dressing containing ceramide 2 with low frictional outer layer. J Adv Nurs. 2007;59(5):520-9.