MENU

自動内圧調整/底づき自動感知・回避機能付き高齢者用クッション

私たちの研究室では褥瘡の予防、診断、治療についての研究を行っています。ここでは褥瘡予防に必要な体圧寝具の中でも特に座位で発生する褥瘡の予防のための車いすクッションの開発について説明します。


背景

褥瘡は日本褥瘡学会によって次のように定義されています。「身体に加わった外力は骨と皮膚表層の間の軟部組織の血流を低下、あるいは停止させる。この状況が一定時間持続されると組織は不可逆的な阻血性障害に陥り褥瘡となる。」つまり褥瘡は、圧力や剪断力(ずれ力)などの外力によって生じる外傷といえます。そのため、予防には外力の低減が重要です。ベッドで寝ている状態、つまり臥位時に生じる褥瘡は体圧分散マットレスの普及によって劇的に減ってきました。体圧分散マットレスの中で最も体圧分散効果が高いのがエアマットレスです。このマットレスはエアセルという空気の筒で構成されており、エアセルの内圧を調整することで体がマットレスに接触する面積(=接触面積)を増大させ、面積当たりの力(=圧力)を軽減させて褥瘡を予防します。また、エアセルに空気を交互、または3本毎に出し入れすることによって、空気が抜けている部分のエアセルの上に載っている身体部分の体圧が一時的に極度に軽減されます。このことによって、実質的にマットレスに皮膚が触れていない状況となり、血流が改善されることにより、褥瘡予防効果を生んでいます。それでは座位時に生じる褥瘡はどのように予防すればよいでしょうか。座位では、臥位よりもより狭い面積に全体重が加わるため、エアマットレスと同様の圧切替機構は不向きです。特に、エアセルの調整がうまくいかずに空気が抜けすぎて、骨突出部分が座面に直接当たってしまう現象(=底付き)が生じ、非常に高い体圧が発生し褥瘡ができてしまいます。さらには、底付きが起きないようにエアセル内圧を高くしすぎることも、体圧の上昇につながります。また、面積が狭い分、体が不安定になってしまうという問題点があります。したがって、臥位時に生じる褥瘡とは違った考え方を導入する必要があり、私たちはその解明に長年を費やしてきました。

アプローチ

私たちが座位で生じる褥瘡に関心を持つきっかけは、高齢者の座り姿勢を目の当たりにしたことでした。多くの療養型病院では、脳卒中後遺症や廃用症候群などにより、座位を適切に保てない高齢者が多く存在しています。彼らの多くは日中を車いす上で過ごしており、車いすクッションを用いて褥瘡を予防していますが、十分ではありません。そこで、実際に高齢者の殿部にはどの程度の力が加わっているかを客観的に評価するために、座面から加わる力(座圧)の分布を調査しました。この調査では、107名の高齢者および、その対照のための36名の若年健常者を対象に、座圧分布測定システム(Bigmat、ニッタ株式会社)を用いて座圧分布を計測しました。

利用する技術

体圧測定装置(Bigmat、ニッタ株式会社)

感圧導電性インク式センサ。2枚のシートに電極が並んでおり、その上に特殊インクが薄膜形成されている。加わる力に応じて変化する電気抵抗値を読み取ることで圧力の分布が測定可能となっていて、440mm×480mmに2112個のセンサが敷き詰められており、どのように力が加わっているのかが客観的に把握できる。センサ特性として、クリープ率=2.1%/60-90秒、繰り返し性=2.0%、ヒステリシス=9.9%、直線性=3.9%となっており、信頼性、妥当性が保証されている機器。

この調査では、座圧分布のパターンを客観的に把握するために、重心と両坐骨結節部、尾骨部の位置関係を数量的に表現し、体が前後・左右方向にどの程度傾いているかを定量化しました。その結果、図に示すように、座圧分布には大きく5パターンの特徴があることが明らかになりました。その内、尾骨座り、尾骨・片坐骨座り、片坐骨座りは特定の骨突出部位に力が加わっていることを示しているため、不適切な座り方であるといえ、高齢者に多くみられました。さらに、高齢者は健常人に比較して、前方に傾いて座っているケースが多く、また、最大体圧が高く、接触面積が狭いなどの特徴が見出されました。

 この調査結果をもとに、高齢者の座位の問題点とその解決策を整理し、高齢者の褥瘡予防用車いすクッションに求められる要件を次のように考えることができました。


高齢者用褥瘡予防車いすクッションの開発:産学連携

このまとめから、私たちは次に示すようなこれまでにないクッションのコンセプトを考案しました。特に、従来の車いすクッションで最も効果の高いとされているエアセル型のクッションでの問題点である、空気内圧の調節の煩雑さおよびその不備による底づきを改善するために備えた底づき検知・自動エアセル内圧調整アルゴリズムはこれまでにないユニークな特徴といえます。さらに、エアセル内圧を列ごとに上げ下げさせることで、エアマットレスとは異なる機構で圧切替を行うことが可能となっています。

このコンセプトを製品化するパートナーとして、エアセルの素材であるゴムの大手メーカーが名乗りを挙げ、産学連携が本格的にスタートしました。コンセプトを製品に落とし込むところは工学の研究者が担当し、看護学の視点で試作機を評価し、修正を加えるという作業を何度も繰り返し、最終的な製品が開発されました。

工学的な安全性を確保した後に健常人を対象に体圧分散効果、底づき検知・自動回避機構の効果、安全性などを十分検証し、実際のユーザーである、座位を自力で十分保持することのできない高齢者を対象に実験研究を行いました。

対象者は平均年齢85.5歳、日常生活自立度がランクBに分類される28名の高齢者でした。研究デザインはクロスオーバ試験であり、従来のエアセルクッションと新たに開発されたクッション(メディエアワン、横浜ゴム株式会社)に30分間連続で座位を取っていただき、最大圧力の比較を行いました。その結果、従来のエアセルクッションでは、経時的に坐骨部の体圧が上昇するのに対して、新クッションではほぼ上昇しないことが明らかになりました。30分後には従来のクッションでは有意に体圧が高くなっており、新クッションの有効性が示されました。

ここでは、新しい褥瘡予防用クッションのコンセプト作りから、産学連携での開発、さらには臨床での効果検証という、看護学研究ならではの一連の研究プロセスを提示しました。このように、利用者のニーズに直結した製品を開発できるのは看護学研究の大きな魅力です。これからも臨床に直接役立つ技術・製品を世に出し続けていきたいと思います。

論文

  1. Urasaki M, Nakagami G, Sanada H, Kitagawa A, Tadaka E, Sugama J. Interface pressure distribution of elderly Japanese people in the sitting position. Disabil Rehabil Assist Technol. 2011;6(1):38-46.
  2. 藤川潤子, 仲上豪二朗, 赤瀬智子, 須釜淳子, 松尾淳子, 田端恵子, 真田弘美. 新しい高齢者用ダイナミッククッションにおける圧分散の評価. 日本褥瘡学会誌. 2010;12(1):28-35.