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エコー、サーモグラフィなどの工学機器を用いた褥瘡アセスメント技術の開発

背景

褥瘡は圧力やずれ力といった外力によって皮膚の血流が低下したり止まったりすることによって起こる皮膚のダメージです。褥瘡を治癒させるには、どこまで損傷が及んでいるか、また、どのくらい炎症が生じているかを適切に判断する必要があります。通常は肉眼的なアセスメントによって行うのですが、褥瘡の場合、見た目はそれほど重症でなくても、深部のみに損傷が起こっている場合(深部組織損傷、Deep Tissue Injury(DTI)と言います)や、不顕性の炎症が起こっている場合があり、視診でのアセスメントには限界があります。深部組織損傷や不顕性の炎症が起こっているために治癒が阻害されてしまい、結果として適切な治療が行えず、治癒期間や在院期間の延長、医療費の増大といった問題が引き起こされてしまいます。

これらの褥瘡は適切に治癒するのか、肉眼的には分からない

私たちはこれら二つの問題を適切に評価できるアセスメント技術の開発を行いました。具体的には、深部組織損傷に対しては、超音波画像装置(エコー)を、不顕性炎症に対しては、サーモグラフィ装置を用いた技術を確立し、臨床に広めることを目指しました。

アプローチ

病院で入院中の褥瘡を有する患者さんに協力していただき、エコーおよびサーモグラフィを用いたアセスメント技術の有効性を評価しました。

利用する技術

  • 超音波画像装置(LOGIQ Book XP, GE Healthcare, Chalfont St. Giles, United Kingdom)
  • 赤外線サーモグラフィ(Thermotracer TH5108ME, NEC Avio Infrared Technologies Co., Ltd., Japan)
  • 臨床疫学研究的手法(コホート研究)

結果の概要

① 超音波画像を用いたDTIの予測

同意の得られた、褥瘡を有する患者を対象に研究を行いました。初回回診時に肉眼的所見の記述およびエコー画像の撮影を行い、その数週間後の転帰と比較することで、特徴的なエコー所見のカテゴリー化を行いました。

褥瘡のエコー写真とその転帰

図の左側に示されるDUというのは深さがこの時点で不明な褥瘡のことです。壊死組織が覆っている場合、どの程度の深さまで損傷が及んでいるかが判断できず、判定不能という所見をカルテに記載します。しかし、この時点でのエコー写真をみてみると、上段の症例ではエコーが黒く見える部分(低エコー所見)や筋層が浮腫を起こして厚くなっている部分が観察されます。これらは炎症性の所見であり、この時点で深部が損傷していることが予測されます。実際、数週間後には筋膜まで損傷が至っており、さらにポケットが形成されております。一方下段の症例では、皮下脂肪や筋膜の層構造がきれいに描出されており、著明な浮腫は生じておりません。このような褥瘡は、数週間後には浅い褥瘡として正常に治癒することが多いことが分かりました。

このように、多くの症例のエコー所見を分類することにより、どのような所見が深部組織の損傷を反映しているのかを明らかにすることができました。この研究によって、非侵襲的に皮下組織をアセスメントする技術の確立につながり、全国の病院で超音波画像を用いた褥瘡部のアセスメントが拡がっています。これによって深部組織に損傷が生じているということが速くわかるようになり、これまでよりも適時的な治療、ケアが施されるようになりました。

② サーモグラフィを用いた不顕性炎症の同定

この研究でも同様に、褥瘡を有する患者の肉眼的所見とサーモグラフィ画像を初回回診時に取得しました。今回使用しているサーモグラフィは、正確には「赤外線サーモグラフィ」と呼ばれる装置であり、物体から出ている赤外線放射エネルギーを検出し、それを画像上に温度マッピングする装置で、建築現場や体表温度測定などに使われている機器です。

サーモグラフィ所見(左:正常治癒、右:治癒遅延)。上の褥瘡の症例と対応している

この二つの褥瘡を見比べてみてください。いずれも仙骨部に発生した褥瘡ですが、肉眼的には著明な、活動性の炎症所見は見られません(右側の褥瘡の周囲の赤みは、過去の炎症を反映する炎症後色素沈着です)。このような場合、通常は湿潤環境に保って褥瘡を治癒させます。しかし、右側のケースではなかなか治癒が進行しませんでした。なぜでしょうか。私たちは、右側のような褥瘡は微弱な炎症が遷延している状態であると考えました。したがって、他覚的にはそれを認知することはできないけれども、仮に炎症が遷延しているのであれば反応性に血流が上昇し、その結果として温度が上昇するのではないかという仮説をたてました。そこで、褥瘡回診時に毎回撮影しているサーモグラフィの画像データから、創部の温度分布を徹底的に調査し、どのような分布になっているのかの分類を試みました。33名の褥瘡を対象に分析し、治癒が遅延している褥瘡では創周囲皮膚よりも創底の温度が上昇していることが明らかになりました(図)。

サーモグラフィ所見(左:正常治癒、右:治癒遅延)。上の褥瘡の症例と対応している

周囲皮膚よりも創底温度が高いか低いかという二値に褥瘡を分類すると、周囲皮膚よりも創底の温度が高い褥瘡(N=12)は、低い褥瘡(N=21)よりも二週間における治癒が遷延するリスクが有意に高いことが分かり、アセスメント技術として利用可能であることが分かりました(相対危険度=2.25、95%信頼区間1.13-4.47)1)。これまでは肉眼的に治癒が遅延して初めて炎症があったことが確認できたのですが、この技術を用いることで、少なくても二週間は早く介入することが可能となりました。

サーモグラフィはすべての病院に設置されているわけではありませんが、今回提示されたアセスメント手法は、厳密にコントロールされた検査室でなくても行える、非常にプラクティカルな方法といえます。ベッドサイドで行える、看護師の非侵襲的アセスメント技術として広まっていくことを願っています。

論文

① エコー

  1. Aoi N, Yoshimura K, Kadono T, Nakagami G, Iizaka S, Higashino T, Araki J, Koshima I, Sanada H. Ultrasound assessment of deep tissue injury in pressure ulcers: possible prediction of pressure ulcer progression. Plast Reconstr Surg. 2009;124(2):540-50.
  2. Yabunaka K, Iizaka S, Nakagami G, Aoi N, Kadono T, Koyanagi H, Uno M, Ohue M, Sanada S, Sanada H. Can ultrasonographic evaluation of subcutaneous fat predict pressure ulceration? J Wound Care. 2009;18:192-8.
  3. Nagase T, Koshima I, Maekawa T, Kaneko J, Sugawara Y, Makuuchi M, Koyanagi H, Nakagami G, Sanada H.Ultrasonographic evaluation of an unusual peri-anal induration: a possible case of deep tissue injury. J Wound Care. 2007;16(8):365-7.

② サーモグラフィ

  1. Nakagami G, Sanada H, Iizaka S, Kadono T, Higashino T, Koyanagi H, Haga N. Predicting delayed pressure ulcer healing using thermography: a prospective cohort study. J Wound Care. 2010;19(11):465-72.
  2. Sanada H, Sugama J, Nakagami G. Innovations in pressure ulcer prevention and management: key initiatives introduced in japan. Wounds International. 2009;1(1).

なお、これらの臨床研究は東大病院褥瘡対策チームとの共同研究として、医学部倫理委員会承認の下に行われました。ご協力に感謝申し上げます。